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熊本地方裁判所 昭和27年(行)24号 判決

原告 山田いと

被告 熊本国税局長

訴訟代理人 元永文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十七年五月二十日原告の昭和二十五年度所得に対する審査請求を棄却した決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「原告の昭和二十五年度に於ける所得は事業所得(地獄観覧料所得)金十三万四千五百円、不動産所得(貸家所得)金五万九千百円及び山林譲渡所得金七万六千八百円の合計金二十七万四百円で課税すべき金額はこれより更に扶養控除額一万二千円、基礎控除額二万五千円を控除した金二十三万三千四百円である而して右各所得のうち山林譲渡所得七万六千八百円と謂うのは原告が昭和二十五年五月二十日原告所有の愛媛県北宇和郡清満村大字山財字大久保所在の山林二町三畝二十五歩地上の立木を訴外林キヨに売買した代金百二十万円より必要経費八十一万六千円を差引いた金三十八万四千円に当時の所得税法第十四条による変動所得の選択をした金額を指すものであつて原告は別府税務署長に対し右の通り確定申告をなしたところ、同税務署長は昭和二十六年六月八日原告の総所得金額を金二百三十一万八千円と更正し、その旨原告に通知したので、原告はこれを不服として再調査請求を申立たが棄却され、更に被告に審査請求をなしたが被告は原告の審査請求を棄却する旨の決定をなし昭和二十七年五月二十日原告にその通知をなした。然しながら原告の昭和二十五年度に於ける所得は原告の確定申告通りが正当であつて、別府税務署長のなした前記更正決定は原告の山林所得に対する認定を誤まりその額を著しく過大に見積つた違法の決定であり、被告が右更正決定を支持して原告の審査請求を棄却した決定も当然違法たるを免れないから、原告は右審査決定の取消を求める為本訴請求に及んだ」と陳述し被告の答弁に対し、原告が昭和二十五年度に於て訴外木戸正久より被告主張の鉱泉地外六十一点の土地、建物の所有権を取得したことは認めるが、(イ)被告が所得税法第九条第一項第七号、第十条第一項を根拠として原告の山林所得を右鉱泉地外六十一点の不動産物件の価額により算定すべき旨の主張は法の解釈を誤つたものとして承服できない即ち右第十条第一項はその前段と後段とを判然区別し、前段の所得については収入すべき金額が金銭以外の物又は権利によつて収入すべき場合においては当該物又は権利の価額によるべき旨明記しているが山林所得等後段の所得については右のような規定をしていないのであるから右規定の趣旨からすれば所得税法は山林所得の場合における収入金額を専ら金銭による収入に限定し、物又は権利の価額によるべきことを除外しているというべきである、従つて前記鉱泉地外六十一点の不動産物件の取得を目して原告主張の如く代物弁済と解するも被告主張の如く交換と解するも右物件の価額に課税することは出来ないのであるから被告が原告の山林所得を前記鉱泉地外六十一点の物件の価額によつて算定したことは右法条の適用を誤つたものといわねばならない。(ロ)仮に所得税法第十条第一項の解釈が被告主張のとおりであるとしても同条は交換のように山林譲渡の対価として直接物を取得した場合其の物の価額に課税すべき法意であつて本件の如くその取得原因が原告所有の立木との交換でなく売買代金の代物弁済である場合は包含されない即ち原告は前記の通り訴外林キヨに対し原告所有の立木を代金百二十万円で売買したところ、同人が右代金の支払ができなかつたところから訴外木戸正久が同人の為右売買代金の支払に換え前記鉱泉地外六十一点の不動産物件を原告に提供したのであつて、原告は右百二十万円の売買代金に対する代物弁済として右物件を取得したものである。従つてこの場合に於ける原告の山林譲渡所得は当然同法第十条第一項に所謂収入すべき金額として右立木の売買代金百二十万円を基礎として算定すべきものであつて被告の主張する如く右代金の代物弁済として取得した不動産物件の価額によるべきものではない。このことは一般に売買により物件の所有権を取得した買主に対しては取得した物件の価額によつて所得税が賦課されることなく、右物件を更に他に譲渡したとき始めて課税すべきことと理を一つにするのであつて、本件に於て原告は前記鉱泉地外六十一点の土地建物を立木売買代金に対する代物弁済として取得したものであるから右に準じ右物件取得の時に課税すべきでなく原告が更に之を他に譲渡した時に課税すべきである。従つて以上いかなる見地からしても被告が原告の山林所得を前記不動産物件の価額により算定したことは其の価額の決定が妥当であるか否かを検討する迄もなく違法であることは明かである。(ハ)仮に以上の主張が理由がないとすれば原告は前記鉱泉地外六十一点の不動産物件のうち鉱泉地に対する評価額を争う。即ち原告は右物件中鉱泉地を除く六十一点の土地、建物の価額が被告主張通りであること、右鉱泉地が別府市鉄輪温泉地帯の観光地獄の一つで鬼石坊主地獄又は新坊主地獄と称せられる観覧用鉱泉地で昭和二十四年度に於て被告主張通り十三万千八百十円の観覧料の収入があつたことは認めるが、右鉱泉地の価額は被告の主張するような巨額なものではない。被告は右鉱泉地の観覧料の収入を基礎としその収入が十年間継続することを前提として価額を評価しているが、本件鉱泉地内に噴出している蒸気は本件鉱泉地内で自然に噴出しているものではなく、本件鉱泉地外の他の泉源からパイプを以て誘導し恰も右鉱泉地内に於て自然に噴出しているもののように擬装したもので、観光用としての価値に乏しく、且つ右蒸気の誘導装置は設置されてから既に二十年以上を経過していて到底将来十年間も継続して使用するに耐えないから右鉱泉地は観覧用として十年間の継続寿命を有しないものであつて、その価額を被告主張のような評価基準によつて評価することは不当であり、右鉱泉地自体の価額は高々金五万円程度にすぎない。さればこそ別府市に於ける右鉱泉地に対する固定資産税の評価額も昭和二十五年度に於ては金五十八万五千円昭和二十六年度に於ては金八十七万七千五百円であつたが、昭和二十七年度及び昭和二十八年度に於ては一挙に金五万円に切下られたのである。」と述べ、本件に於ける立木の譲渡が売買である場合その売買代金が金四百万円であるとの被告の主張に対し、「本件に於て被告は当初原告所有の立木の譲渡が原告主張の通り売買である場合その代金額が金百二十万円であることについては明に争つていなかつたにも拘らず、昭和二十八年七月二十七日の最後の準備手続期日に於て俄に右代金が金四百万円であると主張するに至つたのは時機に遅れた攻撃防禦の方法であつて許されないものである、」と述べ、証拠として甲第一乃至第四号証、同第五号証の一、二を提出し、証人山田惣一、同山田禎一、同森三郎次、同伊藤嘉三郎の各証言並びに検証の結果を援用し、乙第五号証は不知爾余の乙号各証の成立はこれを認めると述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張事実中昭和二十五年度に於ける原告の所得のうち山林所得を除く各所得及び扶養控除、基礎控除の額が夫々原告主張通りであること、原告が同年中に原告主張の立木を他に譲渡したこと並びに原告が別府税務署長に対し確定申告をなした以後被告が原告の審査請求を棄却し、その通知をなすに至る迄の手続経過が原告主張通りであることはいづれもこれを認めるが、山林譲渡所得に関する原告の事実上の主張は否認し法律上の見解は之を争う。被告の調査したところによれば原告は昭和二十五年四月二十三日原告主張の立木を訴外木戸正久所有の別府市大字鉄輪字フロムシ三百八十八番の三鉱泉地十四坪九合六勺外六十一点の土地、建物と交換したのであつて立木を譲渡した代償として右不動産物件の所有権を取得しているものである。而して所得税法第九条第一頂第七号第十条第一項によれば山林の譲渡による所得はその年中の総収入金額から必要経費を控除した金額により、右総収入金額は収入すべき金額の合計金額によるものであるが、その収入すべき金額は金銭以外の物又は権利によつて収入すべき場合においては当該物又は権利の価額によるべきものであるから、本件に於ける原告の山林所得も当然右規定に従い原告が原告所有の立木と交換したことによつて得た前記鉱泉地外六十一点の不動産物件の価額によつてこれを算定しなければならないものである。ところで右不動産物件の価額であるが、右の内鉱泉地を除く六十一点の価額が合計二百十三万七千五百六十一円であることは原告も之を争はないので専ら右鉱泉地の価額に付説明すると右鉱泉地は一般の鉱泉地と異なりいわゆる別府市鉄輪温泉地帯の観光地獄の一つであつて、鬼石坊主地獄又は新坊主地獄と称せられ、専ら観覧の用に供せられている特殊の鉱泉地であるからその価額も観覧施設としての収益を基礎とする富裕税評価基準即ち観覧場の課税年度の所得を年八分の利率継続年数十年とする複利年金現価額にむり評価した価額が最も適正妥当な価額である。そこで右評価方法に則り原告がその所得権を取得した当時に於ける前記鉱泉地の価額を評価してみると右鉱泉地の昭和二十四年中の観覧料収入金十三万千八百十円に前記複利年金現価率である六・七一を乗じた金八十八万四千四百四十五円で、之に前記争の無い六十一物件の価額を加えた合計金三百二万二千六円が右不動産物件の合計価額となる。そこで被告は原告が原告所有の立木を譲渡したことによつて得た収入金額を右金額の端数を切捨てた金三百二万二千円と認定し、右収入金額から必要経費として原告の主張より更に金三万円多い金八十四万六千円を控除した金二百十七万六千円を以て昭和二十五年度に於ける原告の山林所得と算定したのであつて、結局同年度に於ける原告の総所得金額は右山林所得に原告主張の事業所得金十三万四千五百円、不動産所得金五万九千百円を加えた金二百三十六万九千六百円となり、別府税務署長のなした更正決定額二百三十一万八千円を上廻るので、同税務署長が同年度に於ける原告の総所得金額を右金額に更正した決定及び被告が右更正決定を支持して原告の審査請求を棄却した決定は何等これを違法とすべき理由はない、」と述べ、原告の主張に対し、「(イ)仮に原告がその所有の立木を売買によつて譲渡し、その売買代金に対する代物弁済として本件鉱泉地外六十一点の不動産物件を取得したとしても原告は売買代金の収入に代え右物件を取得しているのであるから立木の譲渡による収入金額も当然右物件の価額により算定すべきものであつて、このことは右物件の私法上の取得原因が交換であると代物弁済であるとで税法上の取扱に差異を生ずるものではない。仮に然らずして右の場合立木の売買価額によつて収入金額を算定すべきものとすれば、右立木の売買代金は百二十万円ではなく金四百万円であるから原告の山林所得は被告の認定した所得額を更に上廻ることとなり、結局被告の審査決定に違法の点はないことに帰する。

(ロ)、所得税法第十条第一項前段及び後段所定の収入すべき金額はそのいづれの場合に於ても金銭以外の物又は権利によつて収入すべき場合において当該物又は権利の価額によるべきであることは法文が前段の収入すべき金額に対する括弧内の説明に於て特に「以下同じ」と明記していることによつて明白であつて此の点に関する原告の主張は法文の誤読か解釈の誤りである。(ハ)物件の売買の場合買主に対し所得税が賦課されないことは原告所論の通りであるが本件は原告が自己所有の立木を譲渡したことに因つて取得した不動産物件の価額によりその収入金額を算定すべき場合で物件の譲渡を伴わない買主の場合と課税の要件を異にするのであるから買主の例をとつて本件に於ける山林所得の算定を攻撃する原告の議論は失当である。(ニ)、本件鉱泉地が総て擬装であつて且つ十年間の継続寿命を有しないとの原告の主張事実は否認する。本件鉱泉地は粘土を噴出する池と蒸気を噴出する二つの池からなつているが、右粘土の噴出は同池内の自然の噴気で、本件鉱泉地の観光上の特徴をなし、後者の池は前者の附属として設置されその蒸気の噴出は本件鉱泉地外の泉源池からパイプを以て誘導されているが、このような例は他の地獄に於ても同様の事例があつて本件鉱臭地全体の観光上の価値に何等影饗するところはなく、本件鉱泉地内の各噴気の泉源は永年の寿命を有し、蒸気の誘導設備も適当な管理によつて十年以上の使用に耐えるので、本件鉱泉地に対する被告の評価に何等不当の点はない」と夫々反駁し、訴訟上の抗弁に対し、「被告は本件に於て原告主張の立木の売買代金が金百二十万円であるとの事実を認めたことはないから準備手続中に於ける被告の仮定的主張が時機遅れの攻撃防禦方法となる謂れはない」と述べ、証拠として乙第一乃至第九号証を提出し、証人河野藤嘉、同木戸正久、同園田次郎の各証言、検証並びに鑑定人山下幸三郎の鑑定の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

昭和二十五年度に於ける原告の所得中山林所得を除く事業所得及び不動産所得が夫々原告主張通りであること、原告が別府税務署長に対し原告主張のような確定申告をなしたところ同税務署長が同年度に於ける原告の総所得金額を金二百三十一万八千円と更正し、原告主張のような手続経過の後被告が原告の審査請求を棄却する旨の決定をなし、原告主張の日その旨原告に通知したこと原告が昭和二十五年中に原告所有の愛媛県北宇和郡清満村大字山財字大久保所在山林地上の立木を他に譲渡したこと及び訴外木戸正久より同人所有の別府市大字鉄輪字フロムシ三百八十八番の三鉱泉地十四坪九合六勺外六十一点の土地建物の所有権を取得したことは当事者間に争がない。

ところで立木の譲渡と不動産物件の取得との関係については当事者間に争の存するところであつて、原告は原告が右立木を譲渡したのは訴外林キヨに代金百二十万円で売買したものであり、鉱泉地外六十一点の不動産物件は右売買代金の代物弁済として木戸正久より取得したのであるから原告の山林所得は右百二十万円を基礎として算定すべきもので右不動産物件の価額によるべきでなく、被告が右物件の価額により原告の山林所得を算定したことは違法であると主張するのに対し、被告は右立木と不動産物件とは互に交換されたものであるから原告の山林所得も当然右不動産物件の価額によつて算定すべく、仮に原告所有の立木の譲渡が売買であつて、原告が右不動産物件を売買代金に対する代物弁済として取得したとしても、原告は立木を譲渡したことによつて右不動産物件を取得しているのであるからいづれにしても被告が原告の山林所得を右不動産物件の価額により算定したことは違法でないと争うのであるが、右の争点は結局原告が原告所有の立木を譲渡し、鉱泉地外六十一点の不動産物件を取得した事実関係を如何に観るかと謂うこと及び所得税法第九条第一項第七号第十条第一項の規定を如何に解すべきかによつて決せられる問題である。

原告は右第十条第一項の規定につき、右規定は前段と後段とを判然区別し、後段の収入すべき金額については前段のように収入すべき金額が金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合において当該物又は権利の価額によるとの特別の定をしていないから山林所得等後段の所得については物又は権利の価額によつて収入金額を算定することはできない旨主張するけれども右規定が前段と後段とに区別されているのは所得税法第九条第一項各号の規定を対象してみれば明らかなように、第十条第一項前段所定の所得は所得算定の基礎が単に「収入金額」であるのに後段所定の所得の場合は「総収入金額」である差異がある為であつて、そのいづれの場合に於ても収入すべき金額が金銭以外の物又は権利によつて収入すべき場合においては当該物又は権利の価額によると解すべきであることは前段の収入すべき金額に対する括弧内の説明の最後に特に「以下同じ」と明記していることによつて一点の疑を容れないところであつて、此の点に関する原告の主張は法文の誤読か曲解に基く全く謂れのない主張であるから採用の限りでない。

原告は仮に所得税法第十条第一項の解釈が右のとおりであるとしても同条は交換のように山林譲渡の対価として直接物を取得した場合、其の物の価額に課税すべき法意であつて本件の如く其の取得原因が代物弁済である時は右に包含されないと主張するのに対し被告は同条第一項の適用は交換と代物弁済とにより区別すべきではなく均しく取得した物件の価額に課税すべきであると抗争するので以下この点につき考えてみる、所得税法第十条第一項は同法第九条第一項各号を受け所得の対象となる収入金額とは収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合に於ては当該物又は権利の価額)と規定しているのであるが何れの場合に於ても括弧内の物又は権利の価額が所得の対象となるためには収入すべき金額の無いことを要し、収入すべき金額のある時は之に課税すべきことは同条の法意に照し当然のことに属すると共に収入金額又は収入すべき物又は権利の価額が所得の対象となるためには所得の発生原因と其の取得との間に直接の対価関係のあることを要するので山林売買に因る所得は当然現実に取得した売買代金又は取得すべき代金債務の額に従うべきことは理の当然であつて右代金債務の代物弁済として債権者に引渡された物件の価額が更に債権者の所得として計上されることは有り得ない。蓋し被告の論による時は山林を売買した其の年度内に代物弁済があつた時は直接右代物弁済によつて取得した物の価額に課税することにより技術的に困難は無いであろうが若し代金債権の額に課税した後次年度に於て右債権額以上の価額を有する物を以て代物弁済に供した時は前年度に於ける代金債権に対する課税を取消し改めて代物弁済により取得した物件の価額に課税するか又は其の差額だけに更に課税すると言うことになり何れも法文上の根拠が無いばかりか後の方法に依ることは資産の増加に課税すると言うことに帰し所得税賦課の理論にも反する。

以上により明かなとおり山林の譲渡が交換を原因とする時は交換によつて得た物は当然所得税法第十条第一項に所謂金銭以外の物を以て収入した場合に該当するものとして右物の価額は課税の対象となるが売買代金債権の代物弁済として取得した物の価額は同条に謂う所得の対象と為すことはできない。被告が代物弁済も同条に所謂物を以て収入した場合に該当すると主張する所以のものは売買代金に対し当初から代物弁済が予想されるような場合に於ては斯る解釈を採らない限り故意に代金債権を過少に決定することにより容易に脱税の目的を達し得る不都合があるため之を防止するためでもあろうが其は飽く迄代物弁済を仮装したものであるか否かの事実認定に関する問題であつて同条の解釈に関する右論拠を覆す理由とはならない。

よつて以下本件鉱泉地其の他六十一物件の所得が原告主張のように代物弁済に因るものであるか、或は被告主張のとおり交換に因るものであるかを検討する。

成立に争のない乙第三、四号証に証人園田次郎の証言並びに証人山田惣一、同山田禎一、同木戸正久の証言の各一部を綜合すれば、原告の夫山田禎一は昭和二十五年初頃当時数百万円を金策する必要に迫られていた訴外木戸正久より同人が別府市に於て所有している不動産を担保に金四百万円の金借方の申入を受け之を拒絶したのであるが右担保物件に対しては十分の魅力を感じたところから換金に便利な原告所有の本件立木を譲渡するのでこれを他に売却して金策することとしては如何と申向け当初右立木の価額を金四百万円と見積つて売渡し、その代金支払の担保として同訴外人所有の本件鉱泉地等の不動産を原告名義にする契約を締結したのであつたが禎一としては右不動産を単に担保として預るより寧ろ其の所有権を完全に取得しようと企図するに至りその後数回の接渉の後、右契約はこれを取り止め、改めて同年四月頃原告所有の立木と木戸所有の本件鉱泉地外六十一点の不動産物件とを対等額に評価して互に所有権を譲渡することとなり、いづれも売買名義で所有権移転登記手続がなされた(原告所有の立木は木戸正久が多額の債務を負担していた為同人の妻の母である林キヨ名義に登記された)が右取引については売買代金等金銭の授受は当初から全く予定されておらず、代金を百二十万円とする売買契約書が作成されたとしてもそれは単に登記手続等の為に作成されたに過ぎず、真の目的は相互に立木と不動産物件の所有権を移転することにあつた事実を認めることができるのであつて、右認定の事実からすれば原告と木戸間に於ける本件立木と鉱泉地外六十一点不動産物件の所有権の移転は実質上交換であつて、原告の主張する如く立木を百二十万円で売買しその代物弁済として右不動産件を移転した関係ではなかつたものといわねばならない。証人田惣一、同山田禎一、同森三郎次の証言中右認定に抵触する部分は措信し難い。而して右のような事実関係に於ては右立木の譲渡による原告の収入金額は前段に説明したところに従い右鉱泉地外六十一点の価額によるべきであつて、単に名目上の売買代金にすぎない百二十万円によるべきでないこと勿論であるから、被告が本件に於て原告の山林所得を前記鉱泉地外六十一点の不動産物件の価額によつて算定したことは寔に正当であつたというべきである。原告は売買に於ける買主の例をとつて原告の山林所得は右鉱泉地外六十一点の不動産物件の価額によつて算定すべきでない旨主張するが、本件が物件の譲渡による収入という観念を伴わない売買に於ける買主の場合とその事例を異にすることは論を要しないところであつて、原告の右主張は理由がない。

仍て進んで本件に於ける原告の山林所得算定の基礎である前記鉱泉地外六十一点の不動産物件の価額について検討する。

右物件中鉱泉地を除く六十一点の土地建物の価額が被告主張通りであることは原告の認めるところである。そこで右鉱泉地の価額につき按ずるに、元来物件の価額はその評価の目的に従つて評価基準も異なり種々の価額が想定されるのであるが、所得税法に於ける物件の評価も同法の目的に適合する評価基準に従つて評価すべきであることはいうまでもない。ところで本件鉱泉地が別府市鉄輪温泉挑帯の地獄組合加入の観光地獄の一つで鬼石坊主地獄又は新坊主地獄と称せられ、観覧の用に供されている鉱泉地であることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証に証人岡田次郎の証言を綜合すれば、右のような観覧用に供している鉱泉地は一般の鉱泉地と異なり、その価額も当該観覧施設の所得を年八分の利率継続年数十年による複利年金現価額により評価する所謂富裕財産評価基準によつて評価するのが所得税法上でも最も適正且つ妥当な方法とされていることを認めることができる。

ところが原告は本件鉱泉地は擬装であつて観光上の価値に乏しく且つ十年間の継続寿命を有しないから右評価基準による評価は不当であると主張するので按ずるに検証並びに鑑定の結果に証人河野藤嘉の証言を綜合すれば、本件鉱泉地は粘土を噴出する池と蒸気を噴出する池の二つの池を擁し、土産物売店、廻廊、休憩所等の設備を有する一観光施設で、右粘土を噴出する池は自然の噴気が池底に澱む灰白色の粘土を随所から数秒置きに高さ約一尺位の円頭柱形に噴き上げていて本件鉱泉地の観光上の特徴をなし、他の池は一面に水を湛え池中の噴気孔から間断なく蒸気を噴出していて、その蒸気は本件鉱泉地の南西方約三十米を距てた地点にある泉源(噴気井)からパイプを以て誘導されてはいるが、このような例は他の地獄に於ても同様の事例があつて特に観光上の価値に影響はなく、観覧料の収入も昭和二十四年度以降年を追うて増加し昭和二十八年に於ける純益配当金は九十九万九千円に達していること及び本件鉱泉地の噴気は同一泉脈上にある自然の噴気で、現在特別に噴気の減退は認められず、濫掘、火山現象による泉脈の閉塞等異常の事態が生じない限り現在の状態は十年以上永続するものであつて、蒸気誘導設備も管理することにより永年の使用に耐え、本件鉱泉地は観覧施設として十年以上の継続寿命を有することが認められるから原告の右主張は採用できず、その他特に反対に解すべき事由も認められないから結局本件鉱泉地の評価は被告主張の評価基準に則つて評価するのが最も合理的ということができる。而して昭和二十四年度に於ける右鉱泉地の観覧料の収入が金十三万千八百十円であつたことは当事者間に争がなく、前記複利年金現価率が六・七一であることは計数上明らかであるから、右評価基準によつて原告が本件鉱泉地を取得した当時に於ける同鉱泉地の価額を評価するとその価額は右金十三万千八百十円に六・七一を乗じた金八十八万四千四百四十五円(端数切捨)となるのであつて、本件鉱泉地の価額が当時の一年間の観覧料にも及ばない僅か金五万円に過ぎないとの原告の主張はこれを首肯するに足る何等の根拠も発見できない。

そこで以上によつて本件鉱泉地外六十一点の不動産物件全部の価額を算定してみると、その価額は右鉱泉地の価額八十八万四千四百四十五円に当事者間に争のない鉱泉地以外の物件の価額金二百十三万七千五百六十一円(乙第一号証に基く計算)を加えた金三百二万二千六円となる。

果して然らば本件に於て被告が原告の立木譲渡による収入金額を右不動産物件の価額により金三百二万二千円(端数切捨)と認定し、これから原告の主張より更に三万円多く、且つ原告に於ても明らかに争わない金八十四万六千円を必要経費として控除した金二百十七万六千円を昭和二十五年度に於ける原告の山林所得として算定したことは正当であつて、結局同年度に於ける原告の総所得金額は被告主張の通り右山林所得に当事者間に争のない事業所得十三万四千五百円、不動産所得五万九千百円を加えた金二百三十六万九千六百円となり、別府税務署長の更正決定額を上廻ること明らかであるから、原告の同年度に於ける総所得金額を右以下に更正した同税務署長の更正決定及びこれを支持して原告の審査請求を棄却した被告の審査決定に違法の点はないことに帰し、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 田原潔)

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